冬期に多果負荷下で鉄欠乏症状を示すトマトの分析
この論文はトマト栽培の現場の観察から、鉄欠乏症を発見し、鉄欠乏による生産性の低下は、石灰質アルカリ土壌だけでなく、低温、低日照、果実肥大などのストレス条件下でも起こること、二価鉄施肥によって回復することを示したものである。
この千葉県の農家には小生も著者らと共に観察したことがあり、その時に小生も激しい鉄欠乏症を検知した記憶がある。それを著者たちは分子レベルでの知見を踏まえて立派な論文に仕上げたようだ。
鉄欠乏による生産性の低下は、石灰質アルカリ土壌だけでなく、低温、低日照、果実肥大などのストレス条件下でも起こること、二価鉄施肥によって回復することを示したものである。
Analysis of tomatoes showing iron deficiency symptoms in winter under heavy fruit load
冬期に多果負荷下で鉄欠乏症状を示すトマトの分析
Takashi Tsukamoto a , Haruhiko Inoue b , Tomoko Yokoyama a , Seiji Nagasaka c , and Yuko Ogo d,e
a Chiba Prefectural Agriculture and Forestry Research Center, Chiba, Japan; b Institute of Agrobiological Sciences, National Agriculture and Food Research Organization, Ibaraki, Japan; c Department of Life Sciences, Toyo University, Gunma, Japan; d Institute of Crop Science, National Agriculture and Food Research Organization, Ibaraki, Japan; e Institute of Vegetable and Floriculture Science, National Agriculture and Food Research Organization, Ibaraki, Japan
JOURNAL OF PLANT NUTRITION 2024, VOL. 47, NO. 10, 1650–1663 https://doi.org/10.1080/01904167.2024.2316012
要旨
鉄欠乏に起因すると考えられる作物の生産性の低下は、石灰質でないアルカリ土壌でも報告されている。例えば、トマトは冬期に果実負荷が大きいと鉄欠乏症状(新葉の黄化)を示す。本研究の目的は、果実負荷、低温、低日照と鉄欠乏の関係を調査し、鉄含有肥料による生産性向上の可能性を探ることである。冬期に鉄欠乏症状が発生した農場を調査した結果、鉄濃度が低く、黄化葉において鉄欠乏誘発遺伝子の発現が上昇していた。果実の重負荷が鉄栄養に及ぼす影響を調べるため、植物をトラスあたりの果実数が中程度のもの(MED)、果実数が多いもの(果実重負荷;HEAVY)、果実数が多く鉄を追肥したもの(++Fe)の3つのグループに分けて栽培した。新葉のSPAD葉色値と冬期の下葉の重量は、HEAVY<++Fe<MEDの順であった。すべてのグループにおいて、1月の上葉の鉄濃度は10月と3月のそれよりも低かった。RNA-seq解析の結果、1月の根では鉄吸収に関与する遺伝子の発現が抑制されており、これが冬季の鉄欠乏に寄与している可能性が示された。これらの結果から、果実負荷の大きい冬期のトマトの生産性を制限する要因のひとつは鉄であり、鉄資材によって生産性を回復できることが示唆された。
はじめに
鉄は植物にとって必須栄養素であり、呼吸や光合成など様々な生物学的プロセスに関与している(Guerinot and Yi 1994)。世界の農地の30%は鉄が沈殿しやすい石灰質アルカリ土壌であるため、鉄欠乏による作物の生産性と品質の低下は世界的な農業問題である(Marschner 1995)。高等植物は、鉄を獲得するために2つの戦略を発達させてきた(Kobayashi and Nishizawa 2012)。イネ科植物は、鉄キレーターであるムギネ酸を含む戦略IIを用いる。非イネ科植物は、根圏にプロトンを放出し、鉄をより可溶性の高い第一鉄に還元して吸収する戦略Iを用いる。戦略Iを用いるシロイヌナズナでは、細胞膜H+-ATPaseがプロトンを根圏に放出し、鉄キレート還元酵素2(FRO2)が鉄を第一鉄に還元し、IRON REGULATED TRANSPORTER 1(IRT1; Robinson et al.) 鉄吸収に関与する遺伝子を制御する転写因子も同定されている。FER様鉄欠乏誘導転写因子(FIT)は塩基性/ヘリックスループヘリックス(bHLH)タンパク質であり、他のbHLHタンパク質AtbHLH38、AtbHLH39、AtbHLH100、AtbHLH101)と相互作用し、A. thalianaのFRO2、IRT1、IRT2、ニコチアナミンシンターゼ1(NAS1)、NAS2などの下流遺伝子の発現を調節する(Colangelo and Guerinot 2004; Jakoby et al. 2004; Schwarz and Bauer 2020; Wang et al. 2013; Yuan et al. 2005, 2008)。トマトでは、鉄栄養に関連するいくつかの遺伝子が同定され、その機能が解明されている。LeIRT1とLeIRT2は、シロイヌナズナのIRT1とアミノ酸配列の相同性が最も高いZIPトランスポーターであり、両者とも鉄の取り込み活性を示す(Bereczkyら 2003; Eckhardt, Mas Marques, and Buckhout 2001)。LeNRAMP1は維管束に発現し、鉄トランスロケーションに関与していると考えられている (Bereczky et al. 2003)。LeFRO1は鉄の取り込みに関与する主要な鉄キレート還元酵素である (Li, Cheng, and Ling 2004)。FERはFITのトマトオルソログであり、LeIRT1、LeFRO1、LeNRAMP1の発現を制御している(Bereczky et al. 2003; Brumbarova and Bauer 2005; Ling et al. 2002)。SlbHLH066、067、068はシロイヌナズナのbHLH転写因子AtbHLH38、AtbHLH39、AtbHLH100、AtbHLH101のホモログである。SlbHLH068はFERと相互作用してLeFRO1の発現を制御している(Du et al.) 日本のような酸性土壌の地域では、土壌中の鉄が容易に可溶化し作物に利用できるため、作物における鉄欠乏はあまり注目されてこなかった。しかし、近年、非カルシウム・アルカリ土壌においても、鉄欠乏が原因と思われる作物の生産性や品質の低下が報告されている(Suzuki, Matsuyama, and Kikuchi 2018)。代表的な例として、トマトでは冬期に果実負荷が大きくなると鉄欠乏症様症状(新葉の葉脈間クロロシス)が現れる。葉脈間クロロシスは、水耕栽培と土壌栽培の両方で、さまざまな品種、ミニトマトや大玉トマトで発生した。農家が二価鉄を効率よく供給する鉄資材(鉄力アクア;松山ら2008)を施用すると、葉脈間クロロシスと収量低下が回復する傾向がみられた(鈴木・松山・菊池2018)。近年、低温・低日照ストレス下で根の鉄還元酵素活性が低下することが判明している(Suzuki, Matsuyama, and Kikuchi 2018)。これらの事例から、鉄の吸収が低下したためにトマトの収量が減少した可能性が考えられる。本研究では、トマトで鉄欠乏症状が観察された千葉県の農場を調査した。次に、実験温室で低温・低日照ストレス下、果実負荷の異なるトマトを長期栽培し、鉄の吸収・分布と遺伝子発現を解析した。通常の鉄欠乏との比較のため、開花期まで鉄を含まない水耕栽培を行ったトマトの根と葉についてRNA-seqを行ったが、これはトマトの地上部と開花後の鉄欠乏における遺伝子発現に関する研究がほとんどなかったためである。
結論
千葉県の農場で観察された黄化したトマトの葉は、鉄含量が低く、鉄欠乏誘導性遺伝子の発現が増加し、鉄欠乏に近い状態であった。果実負荷の異なるトマトの長期栽培実験では、1月にすべてのグループで上葉の鉄濃度が低下した。これは、転写因子FERおよびSlbHLH066, 067, 068のダウンレギュレーションに続き、主要な鉄輸送体LeIRT1, LeIRT2およびLeNRAMP1のダウンレギュレーションによって引き起こされたと考えられる。冬のSPAD値と葉重の低下は、HEAVY < ++Fe < MEDの順であった。これらの結果は、低温や低日照によって鉄の吸収・利用効率が低下し、果実の重積が大きくなると植物の生産性が低下する傾向があり、二価鉄の施肥によって回復することを示している。このことは、低温、低日照、多果負荷などの条件下では、鉄が生産性を低下させる制限因子の一つであり、二価鉄の施肥によって生産性が回復することを示唆している。本研究では、鉄欠乏による生産性の低下は、石灰質アルカリ土壌だけでなく、低温、低日照、果実肥大などのストレス条件下でも起こること、二価鉄施肥によって回復することを示した。
(以下図の説明)
図2. 千葉県の農場におけるトマト葉のクロロシス。(A)トマト葉の葉脈間クロロシス。
図3. 千葉県の農場における黄化した葉の分析。(A)トマトの葉の鉄の濃度。黄化した2017年に、黄化葉、黄化葉と同じ高さの緑葉、黄化葉と同じ株の下部の緑葉を収穫した。エラーバーは標準偏差(n= 3)。2014〜2016年は、黄化前、黄化中、黄化から回復した葉を収穫した。生物学的複製なし。(B)2017年に収穫した葉におけるSlbHLH068のリアルタイムPCR。エラーバーは標準偏差(n = 3)。
図5. 異なる果実負荷での長期栽培における、鉄の吸収と移動に関与する遺伝子のRNA-seqの100万マップリードあたりのエクソン1キロ塩基あたりの断片数(FPKM)。エラーバーは標準偏差(n = 3)。遺伝子名の下の遺伝子座番号はITAG3.0ゲノムによる。各群の間引きによる果実数の調整は10月以降に行った:10月の果実負荷は全群で同じ、1月の果実負荷は各群で異なる。
図2
図3
図5