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-植物鉄栄養研究会-


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コメント: トウモロコシの鉄分強化: バイオフォート化の画期的な進展は、鉄欠乏症との闘いに有望である

Date: 2024-05-02 (Thu)

トウモロコシ種子の鉄含有量富化にするコメントです。重要なので全文を訳しました。


コメント:
トウモロコシの鉄分強化: バイオフォート化の画期的な進展は、鉄欠乏症との闘いに有望である。

Maize gets an iron boost: Biofortification breakthrough holds promise to combat iron deficiency

Sunil Kumar Sahu

https://doi.org/10.1111/jipb.13623
Journal of Integrative Plant Biology

微量栄養素の欠乏は、世界中で20億人以上の人々に影響を与え、健康状態の悪化、発育上の問題、さらには死に至ることさえある。鉄欠乏症は、世界中で最も蔓延している微量栄養素欠乏症のひとつであり、世界人口の約3分の1に影響を及ぼしている。鉄欠乏は貧血、疲労、妊娠経過不良、子どもの認知発達障害につながる可能性がある(Black et al.) トウモロコシはサハラ以南のアフリカに住む何百万人もの人々の主食であるが、食用穀粒に含まれる鉄の量はもともと少ない。調査データから、中国住民の貧血有病率は20.1%で、その半数は特に鉄欠乏性貧血に苦しんでいることが明らかになった(Yuら、2021年)。鉄のサプリメントも存在するが、高価なため利用しにくい。トウモロコシのような主食作物の鉄含有量を増やすことは、特にトウモロコシが食生活の主役である発展途上国において、大規模な集団の鉄栄養を改善するための、より費用対効果が高く持続可能なアプローチを提供する(Kawakami and Bhullar, 2018; Kong et al.)

トウモロコシの穀粒に特異的に鉄を供給する遺伝学的および輸送メカニズムについては、ほとんど知られていない。種子内での鉄の局在化は、バイオフォーティフィケーションの取り組みにとって、とらえどころのないボトルネックのままであったため、このプロセスを制御する遺伝子を同定することは、重要なブレークスルーとなる。最近Science誌に発表された論文で、Yanらは、トウモロコシの穀粒への鉄負荷の根底にある遺伝学に関する新たな知見を初めて明らかにした(図1)(Yan et al.) 研究者らはまず、トウモロコシ273系統の多様なパネルを評価し、穀粒の鉄レベルに大きなばらつきがあることを明らかにした。その後、ゲノムワイド関連研究(GWAS)を実施し、ゲノムマーカーと表現形質との相関を明らかにした。遺伝子解析の結果、トウモロコシの穀粒中の鉄分濃度と有意に関連する11の遺伝マーカーが同定された。この鉄分濃度を制御する遺伝子を特定するため、研究チームは鉄分濃度を変化させた異なるトウモロコシ系統の遺伝子発現活性を解析した。唯一、ZmNAC78という遺伝子が、鉄レベルの高い系統で一貫して高い活性を示した。この発見は、NAC転写因子ZmNAC78(NAM/ATAF/CUC DOMAIN TRANSCRIPTION FACTOR 78)が鉄含量の調節因子として働くことを示唆した。ZmNAC78の発現に影響を及ぼす天然のプロモーター変異体を調査したところ、ZmNAC78プロモーターの異なる変異体が、トウモロコシの胚乳組織における遺伝子の発現の差と相関し、その結果、穀粒中の鉄濃度に影響を及ぼすことがわかった(Yanら、2023年)。さらに調査を進めると、ZmNAC78は鉄輸送体遺伝子を直接アップレギュレートし、発育中のトウモロコシの穀粒への鉄の装填を増加させることが明らかになった(Yanら、2023年)。さらに、育種におけるZmNAC78の利用可能性を調査するため、研究者らはZmNAC78コアプロモーター配列のこの多型を利用し、トウモロコシを粒鉄含量が高いことを特徴とするハプロタイプ-1と、粒鉄含量が低いことを特徴とするハプロタイプ-2に分類した。分子マーカーの開発により、「高鉄」対立遺伝子を育種系統に迅速に組み込むことが可能になった。鉄制御金属トランスポーター、鉄キレート還元酵素、ニコチアナミン合成酵素などの既知の金属ホメオスタシス遺伝子を標的とすることで、他の作物の鉄を強化したいくつかの以前のバイオフォート化の取り組みとは異なり(Uauyら、2006;Vasconcelosら、2017;Kongら、2022;Wuら、2023)、本研究は、トウモロコシの穀物で特異的に鉄の負荷を駆動するために、これまで解明されていなかった転写因子ZmNAC78の自然変異を独自に活用した。さらに、トウモロコシの鉄分をバイオフォート化する以前の試みは、栄養密度と収量のトレードオフに直面しており、穀粒の鉄分が増加すると収量が低下することが多かった(Long et al.) ZmNAC78の自然変異を利用して、穀粒充填初期に鉄輸送経路を選択的にアップレギュレートすることにより、穀粒全体の収量に影響を与えることなく鉄含有量を増加させることができる。このアプローチは、先行するトウモロコシのバイオフォーティフィケーション・プログラムの課題であった重要な障壁を克服した。微量栄養素の分配を制御する作物特異的な分子メカニズムのさらなる特徴付けは、多様な主食全体に合わせたバイオフォーティフィケーションの標的を拡大するのに役立つ。

鉄制御金属トランスポーター、鉄キレート還元酵素、またはニコチアナミン合成酵素などの既知の金属ホメオスタシス遺伝子を標的とすることによって、他の作物における鉄を強化したいくつかの以前のバイオフォート化の取り組みとは異なり(Uauyら、2006年;Vasconcelosら、2017年;Kongら、2022年;Wuら、2023年)、本研究は、トウモロコシの穀粒に特異的に鉄の負荷を駆動するために、これまで知られていなかった転写因子ZmNAC78の自然変異を独自に活用した。さらに、トウモロコシの鉄をバイオフォート化する以前の試みは、栄養密度と収量のトレードオフに直面していた。ZmNAC78の自然変異を利用して、穀粒充填初期に鉄輸送経路を選択的にアップレギュレートすることにより、穀粒全体の収量に影響を与えることなく鉄含有量を増加させることができる。このアプローチは、先行するトウモロコシのバイオフォート化プログラムの課題であった重要な障壁を克服した。微量栄養素の分配を制御する作物特異的な分子メカニズムのさらなる特性解明は、多様な主食全体にわたって調整されたバイオフォーティフィケーションの標的を拡大するのに役立つ。ZmNAC78における天然の遺伝的変異の発見は、高い穀物収量と高い鉄濃度の両方を示すトウモロコシ品種を選択的に育種する機会を提供する(Yanら、2023年)。ZmNAC78は、受粉後16〜24日の間にトウモロコシの胚乳で発現レベルの上昇を示した。この時間枠は、トウモロコシの穀粒における栄養素の活発な蓄積に相当する。この発見を利用すれば、トウモロコシの穀粒中の鉄分含有量を70.5mg/kgと大幅に増加させたトウモロコシを栽培することができる。著者らが実証したように、分子マーカーによって、優れた鉄負荷に関連するプロモーター変異体を保有するトウモロコシ系統を迅速に同定できるようになった(Yan et al.) このアプローチにより、マーカー支援育種スキームを通じて、これらの有利な対立遺伝子をエリート・トウモロコシ生殖体に迅速に組み込むことが可能になる。

生物学的に利用可能な鉄をアフリカの地元トウモロコシの品種に濃縮することは、欠乏症の影響を受けている農村の農業コミュニティに到達するための、費用対効果が高く持続可能な方法である可能性がある(Buis and Saltzman, 2017)。研究者らはまた、トウモロコシの穀粒への鉄の移行を促進する根本的な経路についても明らかにした。鉄は、穀粒充填の初期段階において、胚乳基底部の移動細胞層を通して装填されるようである(Yan et al.) ZmNAC78はこの組織内で特異的に作用し、ZmHMA8、ZmYSL11、ZmNRAMP3などの重要な鉄輸送遺伝子のスイッチを入れる(Yan et al.) これらの発見は、トウモロコシの胚乳内の鉄を濃縮する上で、この輸送機構が重要な役割を担っていることを示している。鉄輸送経路の制御の違いによって、穀類作物種間で栄養プロフィールが異なることが説明できそうである(Kong et al.、2022)。この知識のギャップが、トウモロコシのような栄養の乏しい作物におけるバイオフォーティフィケーションの取り組みを妨げてきた。

しかし、ZmNAC78の発現亢進が全身に及ぼす影響については、まだ疑問が残る。今後の研究では、鉄供給の増加の結果として起こりうる栄養バランス効果やストレス応答について調査する必要がある。もしZmNAC78が不注意にも老化経路を誘発したり、他のミネラルのソース-シンク分配を乱したりするのであれば、育種スキームの改良が必要になるかもしれない(Uauy et al.) 多様な環境での圃場試験によって、意図しない栄養不均衡を防ぐための最適な発現レベルが明らかになるであろう。バイオフォート化された系統は地元の品種と交配されるため、一貫した表現型分析により、負の形質を導入することなく鉄密度が維持されていることを確認する必要がある(Vasconcelos et al.) さらに、実際の食品調理法における鉄貯蔵量の生物学的利用可能性についても、さらなる分析が必要である。一般的な家庭の加工技術を用いれば、研究者はヒトの吸収に消化可能な栄養分画を概算することができる(Huey ら、2023)。これによって、バイオ フォーティフィケーションを施したトウモロコシのミールを食事に取り入れることで達成可能な鉄分状態の改善について、現実的な推定値が得られることになる。研究者はまた、鉄分摂取を強化することを目的とした他の介入策との相乗効果を探るべきである。バイオ フォーティフィケーション、補給、強化、および食 事の多様化を組み合わせた多方面からのアプロー チは、最適な栄養学的結果をもたらす可能性があ る。鉄分を多く含むバイオ フォーティフィケーション作物は、高リスク群に頻繁に使用される鉄サプリメントの予防効果を増幅させる可能性がある。地域の状況に合わせた解決策を組み合わせることで、鉄欠乏症に対する進展が加速される可能性がある(Ofori et al.) とはいえ、これらの発見は、サハラ以南のアフリカにおける鉄欠乏と栄養安全保障という長年の課題に取り組むための大きな一歩である(Sahu and Liu, 2023; Yan et al.) さらに開発が進めば、農家が鉄分を強化したトウモロコシ品種を採用することで、開発途上国の何百万人もの人々の栄養不良を大幅に緩和できる可能性がある(Ofori et al.) この研究は、栄養の乏しい主食作物に依存している人々の栄養と健康を改善するバイオ フォーティフィケーションの計り知れない可能性を浮き彫りにしている。バイオフォート化作物の公衆衛生上の有望性を実現するためには、持続的な投資と多方面からの取り組みが不可欠である。


図1. NAC78:トウモロコシ穀粒における鉄バイオフォート化のマスターレギュレーター。ZmNAC78は、トウモロコシ穀粒における鉄負荷のマスターレギュレーターとして働く(Yanら、2023)。高鉄(Hap1)ハプロタイプと低鉄(Hap2)ハプロタイプの間で異なるプロモーター変異体が、基礎胚乳形質転換細胞における転写因子の発現を変化させる。ZmNAC78レベルが高くなると、下流の鉄輸送体ZmHMA8、ZmYSL11、およびmNRAMP3がアップレギュレートされ、胚乳への負荷が増加する。この発見は、穀類作物の必須栄養素を持続的にバイオフォート化するための、これらの植物固有の未開発の遺伝的可能性を明らかにするものである。

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図1. NAC78:トウモロコシ穀粒における鉄バイオフォート化のマスターレギュレーター