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-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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星間氷における核酸塩基合成の研究

Date: 2022-08-01 (Mon)

最近日本の”竜宮”研究グループによって、持ち帰った岩石粉の詳細な分析結果が報告された。この中のアミノ酸の発見の事例を簡単にブログで紹介したら、大学の後輩から、以下の研究が紹介された。こちらの方は模擬星間宇宙環境で、核酸分子類を人為的に作成できたという報告である。



星間氷における核酸塩基合成の研究

大場康弘、高野義徳、奈良岡浩、渡辺直樹、河内昭

要旨
自然環境、特に星間分子雲中での核酸塩基の合成は、長年の研究課題であった。自然環境、特に星間分子雲における核酸塩基の合成は、前生物学的化学進化に関する長年の議論の焦点となっている。
ここでは、分子雲からの星形成に伴う化学過程を模擬した条件下で、H2O、CO、NH3、CH3OHなどの単純な分子からなる星間氷アナログに紫外線を照射し、3種類のピリミジン(シトシン、ウラシル、チミン)および3種類のプリン(アデニン、キサンチン、ヒポキサンチン)核酸塩基をすべて同時に検出したことを報告する。
10Kでの原始的なガス分子の光分解は、核酸塩基の生成の重要なステップの一つである可能性がある。
今回の結果は、分子雲から星や惑星への進化が、宇宙での核酸塩基合成に適した環境であることを強く示唆している。

Nature communications
https://doi.org/10.1038/s41467-019-12404-1 OPEN

考察
我々は、ピリミジンやプリンを初期反応物質とするような、核酸塩基の生成を特に目的とした条件下での実験を行わなかったことに注意されたい。
その代わりに、我々は30年以上にわたって星間氷の状態をシミュレートするために用いられてきたものと同様の光・熱化学条件を採用した。
したがって、今回の結果は、過去の実験でも核酸塩基が生成されたであろうことを示唆している。
を生成していた可能性がある。
しかし、これらの先駆的な研究では、複雑な混合物中の核酸塩基を明確に同定するための適切な分析法がなかったため、検出されなかったと思われる。最近のHRMSと高感度クロマトグラフィーの進歩は、有機分子の複雑な混合物中の特定の分子を同位体レベルで極めて高い精度で同定する手段を提供した。
2つの異なる分析条件下で核酸塩基が検出されたことにより、単純な分子の混合物から生成された有機残基の存在がさらに確認された。
また、核酸塩基の検出には、光分解を行う温度も重要な要素である可能性がある。
このように、いくつかのパラメータを除いて本研究で採用した条件と同様の実験条件を用いても、光化学処理および熱処理を施した氷試料からは核酸塩基が検出できなかった。
両実験条件の最も顕著な違いは、蒸着した試料に紫外線を照射する温度である(彼らの研究では77 K、本研究では10 K)。これまでの研究では、光分解の温度は有機残基の組成に大きな影響を与えないとされているが、氷の中で行われる化学反応は温度に影響されるはずである。
77 K では CO が反応基質に吸着しないため、この化合物は 77 K で行われた過去の実験では使用されなかった。
核酸塩基またはその前駆体の形成に CO が関与していると推定されることが、以前の研究で核酸塩基が検出されなかったことの説明になるかもしれない。また、紫外線に曝された星間氷は、65K以上の温度では非晶質固体水よりも低い粘性を持つと仮定され、この特徴により温度によって異なる化学反応パターンを引き起こす可能性がある。
78Kの星間氷類似物質(H2O: CH3OH: NH3=10:3.5:1) の光分解によって生成した有機残渣には、糖とその関連分子が数百ppm以上存在し 、二次元ガスクロマトグラフ飛行時間型質量分析計を用いて分析された。
しかし、10 K で調製した試料では、これらの分子は同定されなかった。
実験・分析手順の違いは別として、糖の生成に関して従来の報告との顕著な違いは、光分解温度が有機残基中の糖や核酸塩基の生成にも関与している可能性を示唆するものである。
核酸塩基の前生物学的形成の解明には、いくつかの理論的研究が行われている。
例えば、ピリミジンおよびプリン核酸塩基(チミンを除く)は、シアン化水素(HCN)と水との反応からプレバイオティックに生成することが提唱されている。
また、チミンの生成はイソシアン酸(HNCO)とプロパナール(CH3CH2CHO)の反応から始まると提案され、いずれも星間物質や同様のプロセスで生成した有機残基から検出されている。
しかし、星間条件下での各核酸塩基への合成経路についてはコンセンサスが得られていない。これは主に、これらの経路を経て核酸塩基が生成することを支持する実験的証拠がないためである。
ピリミジンから始まる核酸塩基の生成に関する先行研究の実験では、ピリミジンとH2O、CH4、CH3OHなどの分子を14-30 Kで紫外線照射しても、ピリミジン核酸塩基は主要生成物にはならなかった。
これまでの研究で見られた核酸塩基の非効率的な生成は、ピリミジン基質へのラジカル付加反応による置換基の導入が困難であることに起因すると解釈されていた。
本研究では、合成されたピリミジンが微量にしか検出されなかったことから、提案されているピリミジンを用いた生成経路が支配的でないことが示唆された。
プリン核酸塩基の生成に関しては、その存在量は、プリン塩基の存在量より 2 桁低い(アデニン/プリン = 5 × 10-2 )。
この比率は、これまでの実験でプリン基質から得られるプリン核酸塩基の収量よりも桁違いに高い(例:ヒポキサンチン/プリン < 3 × 10-3)。
したがって、ピリミジン核酸塩基の場合と同様に、今回の実験条件下では、プリンからプリン核酸塩基が生成する経路はプリンベースではないと考えるのが妥当であると思われる。
また、星間条件下での核酸塩基の生成経路の解明には、さらなる実験と計算が必要である。
今回の実験結果が星間物質で生成された核酸塩基の在庫を示すものであると仮定すると
星間物質と隕石中の核酸塩基の間には、分子分布の点で良い関係があると結論づけることができる。
また、合成された有機残基や炭素質隕石中の核酸塩基の収量は、星間物質と隕石中の核酸塩基の分子分布と良い関係があると結論できる。
また、アミノ酸の収量(〜1000 ppm)に対する核酸塩基の収量(〜10 ppm)は、隕石中のこれらの分子の相対存在量(例えば、Murchison隕石中の核酸塩基は180 ppb、アミノ酸は11 ppm)とほぼ一致する。
星間環境から太陽系形成への進化に伴う化学組成の変化には様々な過程が考えられるので、相対的な存在量の一致は必ずしも隕石の核酸塩基の起源を拘束するものではないかもしれない。
しかし、もし核酸塩基が星間物質で生成されたとしても、その一部は変質していない環境で保存され、最終的には惑星系に有機物として取り込まれる可能性がある。
このように、星間氷から核酸塩基とその構造異性体を初めて検出したことは、宇宙での化学進化の初期段階に存在した化学物質の定義に重要な影響を与える。
これらの発見は、天文観測、化学モデリング、実験室実験など、今後の関連研究に新たな道を開く可能性がある。

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