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-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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フェロトーシス様植物細胞死

Date: 2020-10-06 (Tue)

フェロトーシス様植物細胞死
Ferroptosis-like death in plant cells

Megan Conlon and Scott J. Dixon
Department of Biology, Stanford University, Stanford, CA, USA

 
(要旨) 
フェロトーシスは鉄依存性の酸化的、非アポトーシス様細胞死で最初にヒトの細胞で記述された。我々は最近フェロトーシス型細胞死のプロセスがアラビドプシスにおいてヒートショックによって引き金を引かれることを報告した。であるからフェロトーシスは動物にも植物にも保存されている細胞死の様式であるかもしれない。
  
KEYWORDS
Arabidopsis; glutathione; iron; reactive oxygen species
  
多細胞生物では、制御された細胞死は、損傷を受けたり、不要な細胞を除去したりすることによって、本質的なホメオスタシス的な役割を演じている。

個々の細胞は特異的な生化学的経路の活性化によって除去される。
  
動物では、古典的なcaspase依存的なアポトーシスや、いくつかの生化学的に明確な非アポトーシス細胞死経路などの数個の代謝経路が見出されている。
  
強固なアポトーシス経路は後生動物に広範囲に保存されている。進化を通じて、哺乳動物以外に、既知の非アポトーシス細胞死代謝経路のどのレベルまでが保存されているのかについてはあまり明快ではない。
  
Pagnussa研究室が陣頭指揮する我々との共同研究成果では、鉄依存性酸化型の非アポトーシス型細胞死、いわゆるフェロトーシス(ferroptosis)はこれまで哺乳動物にのみ観察されていたが、これが植物でも活性化されている可能性が示唆されている。
  
この事は非アポトーシス細胞死代謝経路が進化的に幅広く保存されている証拠となりうる。
  
フェロトーシスは膜の高分子不飽和脂肪酸(PUFAs)の鉄依存性、酸化的破壊によって特徴づけられる。
  
膜のPUFAsは自発的な、または酵素活性化的な酸化に対して
感受性であり、その結果、脂質過酸化物(L-OOH)を生成する。
  
鉄の存在下では、脂質過酸化物は毒性の脂質ラジカル(例えば L-O・)に断片化し、そののち反応性の高い脂質分解産物になる。
通常はこの毒性化プロセスは、L-OOH を無毒の脂質アルコール(L-OH)に還元するglutathione-dependent phospholipid hydroperoxidase glutathione peroxidase (GPX4)によって抑制されている。
  
還元型の細胞内グルタチオンはGPX4を不活化して脂質酸化を増大し、最終的にフォロトシス細胞死に至る。
   
この死は低分子鉄キレーター類かciclopirox (Cpx)や ferrostatin-1 (Fer-1)などの疎水性性抗酸化物によって阻止される。これらの化合物はフェロトーシスのプロセスを広い文脈において研究するのに有用な手段である(Fig. 1A)。
  
植物においては、様々な細胞は発生的、ホメオスタシス的、ストレス誘導的に細胞死に至る。しかしこのような死に至る事象を担う生化学的メカニズムはごくわずかにしか理解されていない。
  
だから我々は植物におけるフェロトーシスまたはフェロトーシス様過程がある種の条件下で活性化されているかもしれないことについて研究した。
  
アラビドプシスをモデル植物にして、根毛をヒートショック(55°C, 10 min)に曝してみると細胞死が誘発されることを発見したが、これは通常使用するフェロトーシス阻害剤である Cpx や Fer-1で前処理しておくと、抑制された。
   
しかしこれら同様の阻害剤を使っても、根毛細胞死に関して、より強いヒートショック(77°C)、酸化試薬である過酸化水素や塩類ストレス(高濃度 NaCl)などに対しては効果がなかった。
  
同様にCpx と Fer-1は維管束や生殖器官におけるプログラム細胞死(
programmed cell death)には効果がなかった。このことは55°Cのヒートショックに応答して観察された死のタイプがユニークな現象であったことを意味している。
  
機構的にはこの細胞死は、細胞死の前にグルタチオン欠乏が起こり酸化ストレス指標が増加する、という哺乳類の細胞で述べられているフェロトーシスに生化学的に類似している。
   
哺乳動物細胞同様に、細胞死は普通のPUFAsよりも酸化しにくい重水素標識したPUFAsの添加によって救済された。
  
これらのことはアラビドプシスにおけるフェロトーシス様細胞死が、特異的なストレス-55°Cヒートショックによって引き起こされていることを意味している。
   
この研究は、植物細胞におけるフェロトーシス様細胞死の制御機構、フェロトーシスとフェロトーシス様細胞死が哺乳動物とアラビドプシスの間でどの程度生化学的に保存されているのか、などいくつかの疑問を提示している。
   
まず第一に、アラビドプシスの根毛細胞において55°C (77°Cではない)のヒートショックでどのようにしてグルタチオンが欠乏し、フェロトーシス様細胞死が起こるのか?
   
動物細胞では、フェロトーシスはグルタチオン合成に必要なcystineの流入を抑える低分子化合物によるcystine/glutamate antiporter system xc¬-の阻害か、GPX4の直接阻害剤によって引き金を引かれる(Fig. 1A)。
  
植物はxc-システムであるSLC7A11 とSLC3A2の相同遺伝子を発現しないけれども、55°Cヒートショックは、ほかのcystine/cysteine吸収経路を阻害するか、そうでなければ、新規のグルタチオン合成をブロックする(Fig. 1B)。
動物細胞同様にグルタチオン欠乏はアラビドプシスのglutathione peroxidase enzymes (例えばAtGPX1–8)を不活化して、酸化ストレス死に至らしめる可能性がある。
  
他の可能性としては、55°Cヒートショックはタンパクのmisfolding(間違った折り畳み)を増大するが、これはグルタチオン依存的に回復する。
   
さらにタンパクの折り畳みからの回復が進むと、脂質酸化を抑制するのに必要な最低限の閾値以下にグルタチオンレベルが欠乏し、細胞死に至る。
   
高熱(例えば, 77°C)は、グルタチオンによってさらに十分にタンパクを解きほどくか、あるいは完全にタンパクを非可逆的に変性して、Fer-1 や Cpxにより抑制されない明確な機構によって細胞死に至らしめる。
   
哺乳動物細胞でこれと同様な急性ヒートショックがフェロトーシスを引き起こすかどうかはわかっていない。
 
実際、人のがん細胞を、温和だが、長時間にわたるヒートショック(42.5°C 、 8 〜24時間)に曝すと続いて起こるべきフェロトーシスの誘導が減衰する。これは恐らく特異的なヒートショックタンパクの誘導制御によるものであろう。
   
であるから、ヒートショックとフェロトーシス誘導は温度と「種」に依存しているのだろう。
  
第二の問はカルシウムの役割についてである。根毛において細胞外カルシウムをキレート化するethylene glycol-bis(b-aminoethyl ether)-N,N,N',N'-tetraacetic acid (EGTA)が55°Cにおけるヒートショックによるフェロトーシス様細胞死を阻止することが見出された(Fig. 1B)。
  
ヒトのがん細胞では細胞外カルシウムをキレート化してもグルタチオン欠乏に応答する細胞死を阻止しない。このことはこれらの細胞のフェロトーシスと植物細胞のフェロトーシス様細胞死との差異の例を示している。 
   
しかし、哺乳動物の神経様HT22細胞では、細胞外カルシウムの流入がグルタチオン欠乏下流での細胞死には必要である
   
根毛細胞における55°C ヒートショックによって引き金が引かれる細胞死に応答するカルシウムの役割については将来の研究が必要である。
  
そのような研究は動物と植物の細胞におけるフェロトーシスとフェロトーシス様細胞死の過程について、その類似性と相違性に関するさらに完全な「絵」を確立することを助けるだろう。
 
 
以下
(図1)

動物細胞と植物細胞におけるフェロトーシスの分子メカニズム
(A,B)哺乳動物細胞のフェロトーシスと植物細胞のフェロトーシス様細胞死に関するわれわれの現在の知見。
  
両者の細胞タイプにおいて、致死的グルタチオンが致死的脂質酸化を阻止する。鉄キレーターであるciclopirox (Cpx)か疎水性抗酸化剤ferrostatin-1 (Fer-1)によって細胞死が阻止される。
(A)人のがん細胞ではcysteineはグルタチオン合成に必要であるが、これはアミノ酸アンチポーターシステムxc-を経由して流入する。グルタチオンはglutathione peroxidase 4 (GPX4)によって利用され、脂質酸化を抑制する。
桃色のxc-阻害剤かGPX4は最終的に鉄依存性脂質酸化とフェロトーシス細胞死を来す。
    
Glu: glutamate, Gly: glycine, Cys2: cystine, Cys: cysteine. PUFA: polyunsaturated fatty acid.

(B)アラビドプシスの根毛細胞では55°Cヒートショックは未知のメカニズムでグルタチオンを欠乏させ、一つか複数のGPX4オルソログ(AtGPX4)を不活化する。
フェロトーシス様細胞死には人ガン細胞と異なりCa2+の流入が必要である。
Ca2+が植物細胞でグルタチオン欠乏の上流か下流のどちらで働いて細胞死に貢献しているのか、Ca2+の流入がどのように細胞死を促進しているのか、まだわかっていない。
    
EGTA: ethylene glycol-bis(b-aminoethyl ether)-N,N,N',N'-tetraacetic acid.

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