WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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植物におけるニッケルの応答を理解する:鉄ホメオスタシスとの相互作用だけではない

Date: 2020-08-07 (Fri)


以下は短い総説の論文なので全訳です。日本の植物生理学会の欧文誌であるPCPに掲載された論文なのですが、日本の水野直治氏の極めてオリジナルな研究が引用されていないことは残念です。
   
   

植物におけるニッケルの応答を理解する:鉄ホメオスタシスとの相互作用だけではない。

Understanding Nickel Responses in Plants: More than Just an
Interaction with Iron Homeostasis

Sylvain Merlot
 
Plant Cell Physiol. 61(3): 443–444 (2020) doi:10.1093/pcp/pcaa016, available online at https://academic.oup.com/pcp

植物生理学上でのニッケルの役割は、従来からニッケルが有害金属元素と分類されてきたので、しばしば見過ごされてきた。しかしニッケルは植物のウレアーゼの必須のコファクターで、尿素をCO2とNH3に分解する。であるから、ニッケルは尿素毒性集積と窒素のリサイクルを制限する役割として有用である。
 
 そこで問題になるのは植物がニッケルのホメオスタシスを制御する特異的な代謝系経路を進化的に獲得してきたかどうかである。土壌中に存在するニッケル含量は、はほとんどの植物種のウレアーゼ活性を維持するのに十分である。だから、これまでに、ニッケル欠乏への植物の応答に関してはあまり研究されてこなかった。

これに対して、人為的に汚染した土壌や蛇紋岩(serpentine)を含む超苦鉄質岩(ultramafic rock)由来の天然の土壌には毒性の高い量のニッケルが見出されている。これらの超苦鉄質岩質土壌は、非常に特異的な植物フローラを選択しており、これらの植物は土壌か細胞中に集積した高濃度ニッケルッケルにきわめて耐性である。
 
ニッケル過剰は、クロロシス、ネクロシス、障害を受けた成長、根の伸長阻害など生理的かつ肉眼的な応答を示す。これらの効果は、増加する酸化ストレスや、必須元素である鉄などとの競合による一般的な症状であると通常は提唱されている。だから今や植物における基本的なニッケル耐性に関するメカニズムを理解することが重要である。
  
これまでにLe_skov_a et al. (2017)が、ニッケル、亜鉛、カドミウムなどの植物への過剰影響について鉄欠乏との関連でその阻害的な応答を、体系的に研究した。この研究は誰もが結果を知りたがったが、だれもしり込みしてやりたがらなかったものである。 この研究ではニッケル過剰の生理学的かつトランスクリプトーミック(転写的)応答を明らかにしたが、それはシンプルな鉄欠乏応答と明確に異なるものであった。それに対して、ほかの金属、例えば亜鉛の過剰毒性に対する転写応答はむしろ鉄欠乏に似ていると報告されている。
この問題ではLe_skov_a et al. (2020)はArabidopsis thalianaを用いて、高濃度ニッケルの転写レベル、発生レベル、細胞レベルでの応答に関してさらなる研究を行った。
 
まず、A. thalianaのマイクロアレイ解析で、彼らは100µMニッケルで4日間処理したばあいに応答した遺伝子発現現が対照区の2倍以上になった遺伝子を235個同定した。このうち55個の遺伝子は鉄欠乏応答性のものであったので、ニッケル過剰は鉄欠乏を引き起こすことが確認された。 しかし残りの75%は鉄欠乏応答性とは知られていないものであった。
  
これらの遺伝子のうち遺伝子系統分類のカテゴリーに対応するものとしては、過酸化水素(H2O2)制御、硝酸の輸送と応答、細胞壁構造に関係するものであった。この分析から硝酸のホメオスタシスに関係する遺伝子の制御の研究を更に進めるメリットがえられた。それは窒素代謝におけるニッケルを介したウレアーゼ活性という旧式の制御を明らかにするかもしれない。
  
高濃度のニッケルがArabidopsisの一次根の成長を阻害することは知られている。ここでは著者たちはさらに詳細にニッケルの根の成長への影響を分析している。 エレガントな “split agar plate assay” 法でニッケルが一次根の成長を局所的に阻害することを明らかにした。彼らはまたニッケル過剰が二次根の発生を増加し、重力刺激への欠失を誘発することを観察した。
 
ニッケルの一次根成長への効果理解するために、pWOX5::GFP と pCYCB1;1::GUS のマーカーを使ってみたが静止中心(quiescent center)や分裂域の有糸分裂活性にはいかなる主要な影響も見られなかった。
これに対して彼らは高濃度ニッケルは根の長軸方向の伸長を制限するが、伸長域での放射方向(radial)への伸長を促進することを観察した。
 
これらの表現型から、かれらはpDR5::Venusマーカーを用いて高濃度ニッケルに応答するオーキシンの分布を調べた。その結果過剰のニッケルは主として地上部方向へのオーキシンの流れを起こすと結論した。その結果ニッケルはPIN2タンパクの急速な減少を誘導した。 ニッケルによるPIN2レベルの制御は多分転写後制御か、PIN2細胞膜輸送が関係する翻訳後制御であると思われる。これに対して、ほかのPINオーキシントランスポーター、例えばPIN1などはニッケルによってさほど影響を受けず、PIN2がニッケルによる反応のより特異的な標的であると考えられる。
  
この研究に記載されているニッケル応答パズルのすべての成分を組み立てることはまだむつかしいが、根でニッケルに活性酸素種(ROS)が増加するということは、オーキシンシグナルと根の伸長抑制の間をつなげるものかもしれない。ROSの増加は、転写物解析に見られたようにH2O2代謝に関係する遺伝子発現が増加することでも裏付けられた。
H2O2は最近根のPIN2のリサイクルに影響することが明らかになっている。

興味深いことにLe_skov_a et al. (2020)は、根をsuperoxide dismutaseの阻害剤であるDDで処理するとPIN2の存在を復活させ、高濃度ニッケル下での根の成長を部分的に復活させた。結論としてLe_skov_a et al. (2020)の研究は植物のニッケル過剰応答に対して重要な新しい知見を与えるものである。
 
しかしまだ次のことが確証されなければならい。この研究で観察された結果がニッケル特有のものであるか、それともほかの金属が同じような細胞応答を根で示すのか、たとえば局在的なROSの増加、PIN2の分解、マイクロチューブネットワークの再配向など。またニッケルが特異的にPIN2を標的にするのか、はたまたニッケルがほかの膜タンパク輸送(trafficking)に影響を及ぼすのか、例えば酵母では膜輸送に関係するいくつかの遺伝子がニッケル耐性に関係している(Ruotolo et al. 2008)という具合に。
 
植物におけるニッケル応答に関する研究は重要である。なぜなら、現代農業において、耕作地におけるニッケル濃度が特に都市近郊では人為による汚染によって徐々に増加しているからである。尿素も作物に対して窒素肥料として広く用いられている。そしてその多くが土壌で微生物によって代謝されているが、有意な量が植物によって吸収されて代謝されている。だから、植物のニッケル応答とホメオスタシスをよりよく理解することは、現代農業における持続的かつ安全な食糧生産にとって重要な事項である。
 
 
下図の説明:ニッケルの行方と植物細胞での応答。
ニッケルはウレアーゼ活性に必須である。ニッケルはIRT1関連タンパクである金属トランスポーターを介して植物細胞に取り込まれる。
高濃度のニッケルは細胞内で鉄と競合する。またニッケルはROSの発生を誘導しマイクロチューブネットワークを再配向する。
転写レベルでは高濃度ニッケルは鉄欠乏応答性遺伝子、細胞壁構築関連遺伝子、硝酸ホメオスタシス関連遺伝子を変化させる。
根の細胞ではROSの増加はPINトランスポーター活性を制御しその結果オーキシンバランスと根の発達に影響を及ぼす。
過剰のニッケルは細胞毒を抑制するために液胞に貯蔵される。

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ニッケルの行方と植物細胞での応答