WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
転載希望時は連絡先まで

種子中の鉄の分布に関わる転写制御について:その展望

Date: 2020-07-09 (Thu)

種子中の鉄の分布に関わる転写制御について:その展望 Transcriptional Regulation of Iron Distribution in Seeds: A Perspective
 
Hannetz Roschzttardtz, Frederic Gaymard and Christian Dubos
 
Frontiers in Plant Science | www.frontiersin.org May 2020 | Volume 11 | Article 725
 

(要約)

種子の発達過程での遺伝子発現制御にかかわる転写因子が数個報告されている。
鉄を含む栄養素の貯蔵は、種子の成熟期に主として行われる。
モデル植物であるアラビドプシスでは、鉄は登熟期に細胞層の内皮の液胞に貯蔵されることが報告されている。
種子発芽の時にはこれらの貯蔵鉄は可動化されて実生によりヘテロトローフ(従属栄養)代謝からオートトローフ代謝(独立栄養)へのスイッチとして利用されている。
今日まで、いかにして鉄の分布が遺伝子的に制御されているかについては報告がない。
  
(以下途中からの本文の内容です)

種子への鉄集積の遺伝的制御

胚の発達と種子の成熟は、キーとなる転写因子群(TFs)によって、関与するいくつかの遺伝子発現が、緊密にコントロールされている複雑なメカニズムである。
 
この過程に関与するTFsと同定されたものの中の、いくつかのものは胚の発達、種子のサイズ、二次代謝産物の集積、あるいは種子の成熟などに専用のものであったりする。
 
キーとなる栄養素である脂質とタンパク質の集積に寄与する種子の充実過程は基本的に “master regulators”と一括して呼ばれる転写因子群によってコントロールされている。
  
その中には不規則な(atypical)NF-Y TF、すなわちLEC1 (LEAFY COTYLEDON1) 、LEC2, FUS3 (FUSCA3)、ABI3 (ABSCISIC ACID INSENSITIVE3)、そして植物に特異的なB3 familyに属するTFsなどである。
   
B3 TFsは種子の発達と貯蔵物の集積作用を持っているので、これらも、直接的あるいは間接的に、異なる種子の発達段階での鉄の種子への積み込みに関わっているかもしれない。
   
この仮説を支持することとしてRoschzttardtz et al. (2009)は胚特異的遺伝子である、ミトコンドリア・コンプッレックスII の鉄―硫黄サブユニット(iron-sulfur subunit of mitochondrial complex II)が、B3転写因子群によって制御されていることを述べている。
   
B3 TFはRY cis-制御配列を標的としている。鉄ホメオスタシスに関係するタンパクをコードする遺伝子のプロモーターには、RY モチーフがあるということは、これらの遺伝子が、B3 TFsによって直接的に制御されていること、を示唆している。
   
B3 TFsが内皮細胞への未知の鉄分配機構(鉄のリガンド生合成、鉄の輸送、鉄の貯蔵タンパクなどに関係している遺伝子)を制御しているかどうかは、まだ不明である。この点に関しては、まだ種子内での鉄ホメオスタシスに関係する遺伝子がほんの少ししか同定されていないからである。
   
この事は幼植物や生育した段階の植物ではすでに、鉄欠乏応答性の数個のTFsが同定されて性質が分かっていることと対照的である。
    
数個の胚の master regulators は、以下の付加的な転写因子群と協奏する。すなわち、WRI1 (WRINKLED1; AP2 family), bZIP10, bZIP25, bZIP53, ABI5 (BASIC LEUCINE ZIPPER family)である。
   
胚における脂質や貯蔵タンパク質の集積をコントロールする転写のメカニズムは比較的よく記述されている。
    
しかし、鉄(や、その他の微量栄養素)の種子への集積に直接関連する転写因子はない。 (Figure 1).
   
もちろん、これまで知られている栄養成長組織の鉄ホメオスタシスのキーとなる制御因子が、種子や胚で発揮することも期待できるだろう。なぜならこれらのloss-of-function変異株 では鉄含量の欠損が観察されるからである。 
   
しかし今日ではこれらのデータは、根の鉄吸収欠損による、間接的な結果であると思われる。
  
一方では、胚の発達や種子の成熟を制御する上記のmaster regulatorsは、胚の脂質や貯蔵タンパクの集積と連動してそのほかの重要な微量栄養素例えば鉄も集積しているかもしれないことが期待される。

(展望または結論)
   
植物種特異的な種子における鉄貯蔵を制御する分子スイッチが発見されるべきである。鉄貯蔵戦略の異なる「種」毎の “omic” driven strategies (例えば広範囲にわたる遺伝子発現研究: large-scale expression studies)を遂行することがその分子スイッチの同定を可能にするだろう。
  
    
(図1 の説明)
  
種子への鉄の集積は胚乳の登熟過程である torpedo stage からである。今日までこの過程に関係する転写因子は報告されていない。
コメント:双子葉植物の胚は、球状胚、心臓型胚(heart shaped embryo)、魚雷型胚(torpedo-shaped embryo)という形態的な特徴を持って発達する(「植物育種学辞典」より)

photo
図1