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-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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静脈注射用鉄剤に含まれる遊離鉄の危険性!

Date: 2018-12-13 (Thu)

以下に引用する論文は、現在日本の女子陸上マラソン選手にひそかに使われていると報道されている「静脈注射による鉄剤投与の危険性」を指摘している、2015年の先駆的論文である。医学を中心とする日本の鉄栄養研究者の集団である「日本鉄バイオサイエンス学会」が社会に対して率先して「鉄剤ドーピング禁止」をすべき声明を強く発すべきではないだろうか。
    
   
静注用鉄剤に含まれる遊離鉄が生体に与える影響
―遊離鉄の危険性―
  
柴田央恵,小西貴子,芝山洋二,友杉直久
   
金医大誌(J Kanazawa Med Univ)40:17− 26, 2015

  
 要 約:
   
【目的】腎性貧血に対する鉄補充療法として,日常的に静注用鉄剤が利用されている。しかし,血漿鉄総量3〜4 mgの正常血液中に多量の鉄剤が投与されると,鉄代謝制御系に大きな影響を与えるものと推測されるが,その詳細は不明である。本研究では,静注用鉄剤の鉄代謝制御系に与える影響を,hepcidinの反応様式から検討する。
   
【対象と方法】静注用鉄剤の5種類,デキストラン鉄 (FeD),クエン酸加デキストリン鉄 (FeDC),スクロース鉄(FeS),含糖酸化鉄 (SFeO) およびグルコン酸鉄Na (FeG) を検討した。8週令のSD雄ラットに,製剤5 mg/kgを静脈投与したのち,経時的に1,5,10,20,30分,1,3,6,12,24時間に屠殺採血し (各群5匹),血漿鉄,TSAT,製剤鉄,hepcidin,IL-6を測定した。
   
【結果】血漿鉄とTSATは,製剤投与1分後に最大値に至り,その後半減期6時間で12時間後には,正常域に戻った。
Hepcidinは,FeDCでは投与24時以内で有意な上昇はなかった (最大値129 ng/ml) が,FeDでは6時間後に最大値185 ng/ml,またSFeO,FeSおよびFeGでは12時間
後にそれぞれ最大値235,250,および272 ng/mlを示した。これらは24時間後には正常レベルに戻った。IL-6には変動は見られなかった。血漿鉄の12時間の発現量
の総和 (AUC0-12) は,hepcidin の24時間AUC0-24と強い相関を示した (r2 = 0.86,p = 0.008)。
    
【結論】遊離鉄を多く含む静注用鉄剤を投与すると,hepcidin 発現を促進させ鉄代謝制御系を乱すことが明らかになった。静注用鉄剤の投与には,血中に遊離鉄が過剰に増えるリスクに加え,hepcidinの発現が誘導されることにより,その後の細胞内に蓄えられた鉄の回転利用が低下し,血中ヘの鉄供給が抑制されるリスクがある。
腎性貧血治療においても,静注用鉄剤による鉄補充は避けるべきであると思われる。
    
 (はじめに)の全文
 腎不全患者の鉄貯蔵量を適切に維持し,鉄欠乏性貧血を防ぐ
ために,静注用鉄剤は鉄補充療法として臨床現場では広く行わ
れており,その効果も確認されている。しかしながら,鉄総量
がわずか3〜4 mg程度の血液中に,40-120 mgもの静注用鉄剤が
突然投与されれば,鉄代謝制御系が攪乱されることは容易に想像
が付く。鉄代謝制御機構は,前世紀末のHFE (hemochromatosis
gene) の発見以来,Divalent Metal Transporter 1 (DMT1),
ferroportin (Fpn),hepcidin,transferrin receptor 1/2 (TfR 1/2),
hephaestin,sixtransmembrane epithelial antigen of the prostate
3 (Steap3),hemojuvelin (HJV),iron responsive element /iron
regulatory protein,transferrin (Tfn)などの分子レベルで理解さ
れるようになっており,個体レベル,細胞レベル,肝細胞レベ
ルで鉄濃度を感知し,非常に厳密に鉄を制御していることが明ら
かになってきた。このような厳密な機構の構築は,鉄が元来生体
に危険なものであるからであろうと推測される。
 このような鉄代謝制御分子系の中で,分泌因子として臨床的
に測定できるのは血中hepcidinのみであり,鉄の回転利用
の指標として臨床応用されつつある。hepcidinは,主に肝臓で
合成され分泌されるペプチドホルモンである。血漿鉄濃度
のセンサーであるTfR2は血漿鉄 (Tfn 鉄) と結合し,肝細胞
膜上でHFE と複合体を形成する。その下流にはHJVとbone
morphogenetic protein (BMP) 受容体の複合体があり,BMP/
Smad系を介してhepcidinのプロモーターにシグナルを伝え,
hepcidin産生を制御している。血清鉄濃度が上昇すると
TfR2を介してhepcidin 産生量を亢進させ,Fpn機能を抑制して
血中への鉄供給量を減少させる。一方,血清鉄濃度が低下する
と,TfR2を介してhepcidin産生量は抑制され,Fpnを介する鉄
供給量が上昇し,血中への鉄供給量が増加する。つまり,この
TfR2-hepcidin-Fpn系は,血清鉄濃度を一定に保つためのフィー
ドバック機構であり,この間,鉄は血漿鉄−ヘモグロビン鉄−マクロファージ貯蔵鉄−血漿鉄と,時間当たり0.8-1.0 mgの率で回転利用されているのである。
 このように,TfR2- hepcidin- Fpnで緻密に制御されている鉄代謝系に,生理的な腸管からの鉄吸収ではなく,血管内に直接鉄が非生理的に負荷された場合,生体はどのように反応するのであろうか。静注用鉄剤は,高分子化合物を安定化剤とする水酸化第2鉄ゾルであり,安定化剤に基づき,一般的にI型:デキストラン (デキストリン) 鉄,II型:スクロース鉄,III 型:グルコン酸鉄に分類される。製剤の主体はコロイド鉄であるが,遊離鉄も含まれており,安定化剤の違いにより,鉄イオンの遊離性にはかなりの差異があると考えられているが,具体的に経静脈的に投与された静注用鉄剤に対して生体がどのよう反応するかは明らかになっていない。
 そこで,本研究では,現在臨床の場で使用されている静注用鉄剤には多量の遊離鉄が含まれていること,かつ生体の鉄代謝系に大きな影響を与えていることを,hepcidinの反応様式から明らかにした。
  
 
(考察)の最終項
::: 静注用鉄剤の投与は,確かにヘモグロビンの改善には有効である。しかし,静注用鉄剤に含まれるコロイド鉄や遊離鉄に対して,生体がどのように反応しているかは不明な点が多い。本研究では,経静脈的に生体内に鉄を投与することが,非生理的であり,hepcidin発現を促進させ,結果的に鉄代謝制御系を乱す可能性があることを示した。しかし,LIPの増大が臨床的にどの程度活性酸素を発生させるのか,どの程度の傷害性を短期・長期に有するのか,現時点では評価指標が十分ではなく本研究では明らかにできず,直接的証明はこれからの解決すべき問題として残った。