WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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デオキシムギネ酸がオリーブの導管液に検出された:その意味について

Date: 2016-11-15 (Tue)

デオキシムギネ酸がオリーブの導管液に検出された

The detection of endogenous 2'-deoxymugineic acid in olives (Olea europaea L.) indicates the biosynthesis of mugineic acid family phytosiderophores in non-graminaceous plants. Suzuki et al. Published online: 20 Oct 2016.Soil Science and Plant Nutrition 2016,62,481-488


オリーブは地中海沿岸諸国の主要な農産物である。(オリーブをくわえた白いハトは平和の象徴でもある)

地中海沿岸は石灰質土壌が主要であるので鉄が不溶体となって植物はそれを吸収しにくい。従って、EDDHA−Feを葉面散布したり感慨水に混ぜたりして、農作物の鉄欠乏症を回避している。

ところがある種のオリーブは農家が歴史的に選抜してきたため、鉄欠乏にかかりにくい、すなわち鉄欠乏耐性である。このメカニズムとして、オリーブは双子葉植物であるからいわゆるStrategy-Iのメカニズムを持って鉄を吸収していると考え、根の表層の細胞膜の3価鉄還元酵素活性を、種々の研究者が測定している。しかし、この酵素活性とオリーブの葉の葉緑体のクロロフィル含量やオリーブの生育量との相関関係には、確たる相関がえられていない。

そこで我々はオリーブの根からなにか「不溶体の鉄を可溶化する化合物」が出ているのではないかと想像した。これは単子葉植物のStrategy-IIのメカニズムがオリーブにもあるのかもしれないと予想を立てた試みであった。よく知られているようにStrategy-II植物では根から酸化鉄キレーターであるムギネ酸類を分泌して、不溶体の鉄をキレートして可溶化してムギネ酸トランスポーターを経由して根から鉄を吸収している。

オリーブを約半年水耕栽培してその分泌物を回収しようと試みたのだが、なんとオリーブの根の周りにはびっしりとゲル状のバイオフィルムが形成されてしまい、とても根の直接の分泌物の回収は困難と判断された。

一方、我々はこれまでの研究から、植物が根から分泌する物質は必ず自分自身の導管へも分泌する、ということがわかっていた。ただしその量比や濃度は両者の間で桁違いの場合が多いのであるが。代表的なものは鉄欠乏時の双子葉のクエン酸や、鉄欠乏時のイネ科のムギネ酸などである。これらは根の細胞からの化合物の分泌のトランスポーターが根圏側と導管側に向けて備わっているということである。導管は組織的には細胞の外部であるので、これは理にかなっている。

そういうわけで、オリーブの導管液に微量かもしれないが微生物代謝産物でない、何か新規な鉄レート化合物がないかを調べることにした。

貝化石土壌でで激しく鉄欠乏を誘導したオリーブ幼木は幼木は、一本あたり導管液はせいぜい一昼夜かかっても1〜5マイクロリットルしか採取できなかったが、これを高分解能のTOF−masの分析にかけると、鉄欠乏に特異的な化合物が多数検出された。

詳細に分析していくと、クエン酸やニコチアナミンなど既知物質が鉄欠乏処理によって誘導がかかって鉄十分処理よりも濃度が高かった。その上になんと、予想もしなかったデオキシムギネ酸が鉄欠乏でも鉄十分でも検出された。
 
デオキシムギネ酸が双子葉植物でも合成されていることは、メチオニン→ ニコチアナミン→ ケト酸→ デオキシムギネ酸 という我々が嘗て明らかにしてきた生合成経路がオリーブ体内でも作動していることを意味している。
    
  また、オリーブ導管液でのデオキシムギネ酸の存在はオリーブ根が根圏にデオキシムギネ酸を分泌している可能性を示唆している。
   
  オリーブではメチオニンからニコチアナミン合成酵素までは鉄欠乏で誘導されるが、それ以降の生合成経路は鉄欠乏で誘導がかかっていない可能性がある。つまり進化的に双子葉がすでに獲得している既存の酵素を使ってデオキシムギネ酸まで生合成している可能性が高い。

鉄欠乏オリーブの新葉 からmRNAを抽出して、RNAseq法で上記の生合成経路の酵素遺伝子の候補遺伝子を枚挙した。
              
イネ科植物はニコチアナミン以降デオキシムギネ酸までの代謝については既存の酵素遺伝子の上流に鉄欠乏応答性cis配列 (IDE1 やIDE2) を付与してムギネ酸生合成を鉄欠乏下で増強するように進化したものと考えられる。
      
   
この研究は(株)愛知製鋼・東京大学・石川県立大学の共同研究成果であり、科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究)の支援を受けたものである。

(森敏 記)