WINEP

-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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放射能による土壌汚染に対する今後の課題ついて

Date: 2011-03-23 (Wed)

以下の文章はWINEPブログに書いたものであるが、ホームページにも転載したものです。


放射能による土壌汚染に対する今後の課題ついて
  
まだまだ福島原発の修復に対しては予断をゆるさない。恐怖の炉心溶融までにはいかないにしても、各号機からの放射能漏れの、完全封鎖には、相当時間がかかりそうだ。煙として目に見えなくても、常時確実に放射能は放出されている。これは、排出時のフィルターろ過装置が破壊されているので、例え、冷却に成功しても、各号機の建家全体が密閉形で再建されなければ、解決されない課題である。

これまで文科省、東海村、都庁などで発表されたどこのデータも、大気の放射線量の測定値であったが、昨日やっと福島原発沿海の海水の放射能汚染のデータが示された。しかしまだ土壌汚染のデータはどの放射線量測定機関からも示されていない。野菜や水道水からも放射能が測定されはじめたことから、当然土壌汚染放射能量も現在進行形で増加していると考えられる。

以下に現時点の放射能汚染土壌状況で野菜とイネについてどんな問題があるか、対策も含めて提言をしたい。今後の風評被害を避けるためにも、行政は次々と手を打っておく必要があるだろう。
   
1. 野菜について

野菜に関して言えば葉物は直接葉に放射能降下物が物理的に降り注いでいる段階であったのだが、雨や雪が降るたびに、降下が促進され、葉が水でぬれて、植物体内への吸収が促進されていると考えられる。すなわち、完全に水で洗っても野菜の細胞内に吸収された部分は洗い出されない。その生食部位への放射能の残存率が高まっているのではないかと想像する。
  
さまざまな野菜に対する葉からのヨウ素、セシウム、ストロンチウムの経時的な吸収率に関する研究データはないのではないだろうか。早急に現地での野菜に対してやるべき調査項目であろう。

実際に現段階でどれだけ洗えば何割の放射能が洗い流されるのか、テレビで放送されている「洗えば10分の一にまで放射能が減少する」というのは本当なのだろうか?福島原発近県の農業技術研究センターは、野菜ごとに、それを水で洗った場合の生食部位への放射能の残存率のデータを至急示すべきではないか?そうすれば消費者は安心する目安を得るだろう。
  
農家が出荷停止を受けている露地のほうれん草を刈り取ったり、コンバインで土壌に鋤き込んだりしている写真が新聞に掲載されているが、そのことに対しても、可能な限りきちんと汚染の程度をしらべて、行政指導したほうがいいのではないだろうか。現在も放射能降下があるので、私見では、露地物は収穫せずに降下物が土壌に降り注ぐのを葉で受け止めさせておいて、枯れる寸前に根から掘り起こして、植物全体を収穫して、土地の一か所に、穴を掘ってビニールシートを敷いて、そこで腐らせるのがいいのではないかと思う。もちろんこの腐らせ乾燥した収穫物を最後に、行政が財政的な問題や技術的な問題で引き取れなければ、畑の一角に小面積の穴を掘って、埋め込み永久保存することもやむをえないだろう。
  
ホウレンソウなど、現在栽培中の露地ものの次の作付を何にするべきかは、難しい課題である。すでに土壌は上記の放射性核種で汚染されているのであれば、これらの放射能を土壌から収奪しなければならない。私見では、カリウムなどの吸収力の強いサツマイモなどつる性のものを植えて、葉を縦横に広げさせて、現在進行形の放射能降下物を葉に受け止めさせると同時に、すでに土壌汚染したセシウムやストロンチウムをイモに蓄積して土壌から収奪するのはいかがだろうか。イモ類はカリウム吸収力が非常に高い作物であるから少なくトンもストロンチウムは生物濃縮すると思われる(データはないのだが)。ただしカリウムを施肥しないことである。後に述べるように、カリウム欠乏にすればカリウムのトランスポーターが強く誘導されて放射性セシウムなどがカリウムと間違って吸収されることを期待している技法なのである。
  
何人かのブログで提案されている、ヒマワリや麻などの成長が早い浅根性の植物を植えるのもよいのかもしれない。いずれにせよ、少なくとも次の一作はいわゆる“捨てづくり”にせざるを得ないだろう。いわゆる濃厚汚染土壌(ホットスポット)を農地として再生するためには数作にわたって“捨てづくりを”繰り返す必要があるかもしれない。
  
放射性降下物のうちヨウ素131は陰イオンなので比較的土壌吸着が少ないので、雨が降るたびに土壌の下方に移行していく。だから、福島原発が放射能を漏出し続ければ雨が降るたびに土壌の全縦断面にわたって深いところまで、放射能が分布することになる。すなわち人参、大根、ごぼうなどの根菜類も生食部位が汚染されることになる。しかし、放射性ヨウ素の半減期は8日なので、時を待てば減衰する(1か月で30分の一、3か月で4000分の一になる)。であるから、この核種による汚染は、もし原発からの放射能の漏出が止まれば、という条件付きではあるが、根菜類ではあまり問題にする必要がない。
  
除染対策が厄介な核種はセシウムとストロンチウムである。

放射性核種セシウム134や137は一価カチオン(陽イオン)であるが、これは土壌吸着が強いことが知られている。つまり、雨が降ってもあまり土壌の下方に洗い流されないで土壌表層にとどまって動かない。したがって,浅い根の作物によって強く吸収させる必要がある。ブログを検索すると「ひまわり」や「麻」がファイトレメデイエイションに適しているとうわさされている(ただし小生はその論文をまだ読んでいないので、このうわさの信頼性は保証できない)。
(注:ファイトレメデイエーションとは端的に言えば植物によって土壌の有害元素を吸収(収奪)させてその土壌を浄化することである。日本では農水省や大学による、カドミウム汚染土壌のイネ自身によるファイトレメデイエーション研究が遺伝子レベルから実用化に至る寸前まで急速に進展している最中である)。
  
セシウムは周期律表では1族のカリウム(K)やナトリウム(Na)の系列であり、植物に吸収されるときは、細胞膜のカリウムかナトリウムの輸送体(トランスポーター)を通して根や葉から吸収されると考えられる。土壌に降下した放射性セシウムの元素の濃度自体はほかの元素と比べればけた違いに低いので、セシウムは高親和性のカリウムトランスポーターで吸収せる必要がある。そのためには前述のように、カリウムを施肥しない方がよいかも知れない。植物をカリウム欠乏にすればこのトランスポーターの遺伝子が誘導されて、トランスポーター蛋白が増加してトランスポーター活性が増加することを期待しての技法である。ビキニの水爆実験やチェルノイブイリ原発事件のころは、まだ植物分子生物学が発展していなかったので、セシウムの元素のトランスポーター研究はまったくなされていない。しかし現在では植物での各種主要な必須元素の吸収輸送体の研究は急速に展開しているので、以上のような類推(アナロジー)からの提案が可能になってきたのである。
  
一方、放射性核種ストロンチウム90は周期律表では2族のマグネシウム(Mg)やカルシウム(Ca)の系列に属するので、根の細胞膜にあるこの二つのいずれかの元素のトランスポーターを通して間違って吸収されると考えられる。ストロンチウムの土壌吸着に関しては、記憶が定かでないので、調べてまた報告したい。

先日のブログに紹介したように、ビキニ水爆実験の後、東大農学部農芸化学科(現在応用生命化学専攻)の肥料学研究室(現在植物栄養肥料学研究室)では放射性降下物(フォーアウト)の研究が三井進午教授のもとで天正清氏などが中心になって精力的な研究が展開された。これらの研究成果は1954−1965年の間の日本土壌肥料学雑誌に掲載されているはずである。小生は一昨年引退を決めて、自宅のすべての学術雑誌や書籍を廃棄処分にした。今になって、日本で原発放射能漏れ事件が起きて、昔のわが出身研究室の文献を図書館で検索しなければならない事態になってしまったことが、非常にくやしい。
  
2.稲作について

さて、本論に入りたい。
  
これから起こりうる事態は、お米の放射能汚染である。現在避難地域にある、半径20キロ圏や30キロ圏の農地で、お米を作りたいという農家の自発的意思をとどめることは難しいだろう。すでに苗床の準備に取り掛かっていた農家もあるのではないだろうか。避難区域でも避難区域外でも放射能汚染した田んぼをどう扱うか、もし田植えをした場合に、収穫したお米をどう扱うか、という大きな農林行政の課題がのしかかってくるだろう。こういう補償等の金銭を伴う行政的な課題には専門家でないので小生には発言する資格がないできない。しかし技術的な問題については少し提言しておきたい。

その一つは、水田に“田起こし”をする前に、表土を5センチぐらい削って、取り去った5センチ分の土を非汚染土壌(例えば崖から切り出した山土など)で客土できればベストである。放射能汚染土壌は田んぼの端に小面積を確保して積み上げて用水が入らないように高い波板を立てて隔離しておく。そうすれば少なくともこれまでに蓄積したセシウムやストロンチウムなどは、かなり削減されるのではないだろうか(その後も放射能が降下する量は防ぎようがないが)。しかしこれはかなり資金を要することであるので、よほどの専業農家でなければ実現不可能な提案かも知れない。

つぎにやれる案は、今年は稲を作らないことである。水田にしないで、除草剤も撒かずにその代わりに広葉の雑草を積極的に生やすのである。雑草の根が鋤床に穴を開けないようにするために、深根性の稲科の雑草は、引き抜くという管理が必要ではあるが。雑草の種子を買うのが経済的に負担なら、そのまま自然の雑草が繁茂するにまかせておく。ただし、あまり大きくなったイネ科の雑草はときどき引き抜くべきである。

どうしてもイネを作りたいと決意して、田植えをした場合は、9−10月の収穫期のイネ種子の中に、イネが汚染土壌から吸収した放射性セシウムや放射性ストロンチウムが集積することは避けられないだろう。各県のイネの奨励品種のどれがこれらの放射性核種を吸収しやすく、どれが吸収しにくいかは現時点では全く明らかでない。こういう異常事態が起こることを想定していなかったので、おそらくどの農学研究者もそういう研究をやったことがないだろう。だから農水省を含めてだれも知らないと思う。今から品種選抜試験を始めても、田植えには間に合わないかもしれない。しかし来年以降のことを考えれば、研究機関は早急にそのデータを得る必要があるだろう。水の駆け引きや、土壌改良資材によってもセシウムやストロンチウムのイネの根からの吸収力を多少は制御できるのだが、そういう細かい栽培技術的な試験は後に回して、放射性核種を吸収移行させない品種の選抜で最初は勝負することが現実的な解だろう。
   
収穫したお米のどこにセシウムやストロンチウムが集積するのかは、データがあるのかないのか、調べていないのでわからない。想像では両元素ともに大部分が糊粉層(アレウロン層)に集積するのではないだろうか。もし、セシウムがカリウムのように、ストロンチウムがカルシウムやマグネシウムのような挙動をするのならば、玄米を白米に精米すればかなりの放射能が削減される可能性がある(鉄元素の場合は数分の一の含量になることがわかっている)。この様なデータは現在の放射能汚染されていないお米を分析しさえすれば直ちに得られるはずのものである。微量元素分析機器を持っている研究機関の研究者には早急に分析をお願いしたいものだ。(すでにこういう研究がおこなわれているのなら、どなたか公表してください)
    
以上の1と2の項目について、追って詳細な知見を報告していきたい。
      
(森敏)