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-植物鉄栄養研究会-


NPO法人
19生都営法特第463号
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イネの環境ストレス下におけるヒストン修飾の包括的なエピジェネテイック変化

Date: 2019-10-25 (Fri)

以下の論文は形態学的に少し難解なので、(要旨)ばかりでなく(緒言)と(結論)も訳しておいた。

なお、この論文は鉄という栄養素が過剰に働いたときに、植物根端に顕著なエピジェネテイックな変化が起こるために形態変化が起こるという、最初の論文であると思われる。
     
       
イネの環境ストレス下におけるヒストン修飾の包括的なエピジェネテイック変化
Global epigenetic changes of histone modification
under environmental stresses in rice root
Aqwin Polosoro & Wening Enggarini &
Nobuko Ohmido
   
Chromosome Res
https://doi.org/10.1007/s10577-019-09611-3
 
Received: 25 April 2019 /Revised: 9 June 2019 /Accepted: 11 June 2019
  
  
(要旨)
    
アビオテイックストレスというのは、生物に対してネガテイブな形態的かつ物理的な効果を及ぼす非生物的な因子の事である。

植物が細胞生長するときには遺伝子発現変化がクロマチンの再構成とヒストン変容によって制御されているという多くの証拠がある。

乾燥ストレス条件下では、いくつかのタイプのヒストン変容はストレス応答性遺伝子領域においてドラマチックに形質転換させられる。
 
環境ストレスは同様に根の頂端分裂組織(RAM)領域 で根の成長の進行を遅らせる。
 
本研究ではこの領域においてエピジェネテイックマーカーの定量的な変化が、どのようにしてイネの形態形成や生理に影響を及ぼすのかを調べた。
 
鉄処理と塩類処理は ヘテロクロマチンマーカー(H3K9me2: Histone H3 dimethylation at lysine 9)と、ユークロマチンマーカー(H3K4me: Histone H3 dimethylation at lysine 4)によれば、特に中央部の分裂域において、ユウクロマチン(真正染色質)からヘテロクロマチン(異質染色質)へ、エピジェネテイックランドスケイプ(後生的風景)を変化させた。
  
さらに、外からアブシジン酸(ABA)を与えると環境ストレスによる包括的エピジェネテイック変化への効果を模擬することができた。
   
これに対して、イネに対して塩類ストレス下で外からオーキシン(IAA)を与えるとユークロマチンの形質転換に影響しないでヘテロクロマチン形成が起こった。
   
したがってクロマチンのダイナミックスは植物成長制御物質のシグナルと直結していると考えられる。
   
植物成長制御物質:ABA, IAA, 過酸化水素のシグナルの役割と、これらがアビオテイックストレス下でのヒストン修飾の包括的エピジェネテイック変化へ与える影響について深く論議する。
   

(緒言)
   
数千年栽培されてきたイネ(Oryza sativa)はほとんどが自殖種であり世界の半分以上の人口の食糧として供給されている。
世界の持続的な食糧供給のためには、イネの育種に用いるための、生理学的、発生学的、形態学的変異の遺伝学的役割についての理解が必須である。
イネの育種家(特にアジア地域の)は、農業にとって有用な形質、超ストレス耐性、効果的な有用資源、高い生産性などの新しい品種を発展させなければならない。
このような研究目的を完遂するために、イネの分子、生理、エピジェネテイックレベルでの応答メカニズムを解明する事は必須である。
植物成長制御物質は分子量が小さい、簡単な、天然に生合成される化合物であり、植物の成長と発達に作用している。
これらの作用にもとづいて、植物成長制御物質は植物成長促進物質か成長阻害物質に分類されている。
オーキシン、ジベレリン、サイトカイニンなどの成長促進物質は、細胞分裂、細胞肥大、開花、結実、種子形成を促進するが、他方、アブシジン酸などの成長阻害物質は生育を阻害し休眠や落葉を促進する。
ABAは種子の成熟と休眠を誘導するばかりでなくアビオテイックストレス(非生物的ストレス)条件下での免疫システムを制御する。
乾燥ストレス下ではABAの生合成は数千の分子的細胞的応答シグナルを誘起する。それらにはストレス関連遺伝子の活性化や気孔の閉鎖などが含まれる。
アラビドプシスでは、ABAは根の先端のミトコンドリアでの活性酸素種の存在を促進する。それらの活性酸素種は生長点細胞のセルサイクル活性に影響する重要な逆行性シグナルとして働く。すなわちオーキシンの集積をコントロールし、PLETHORA(訳注:PLETHORA1 (PLT1) and PLT2 は AP2 クラスの転写因子であり, Quiescent Center の位置決めと幹細胞活性を制御する)の発現を阻害する。
真核生物では、内生的と外生的刺激に対する応答はエピジェネテイック因子によって決定されている。
分子遺伝学的研究からは、転写因子、プロテインカイネース、プロテインフォスファターゼなどの多くのストレス関連遺伝子は、様々な作用やシグナル経路を通じてストレス応答と関係している。
最近の研究では、クロマチン再構成やヒストン変容に関しても、豊かな証拠が発見されてきている。
いくつかのタイプのヒストン変容は、乾燥ストレス条件下で、ストレス応答遺伝子領域において、ドラマチックに形質転換している。
クロマチン構造の変化はヒストンのN末端尾部の修飾に関係している。
一般的なアセチル化やリン酸化は活性化と相関があるが、sumoylation(訳注:ユビキチン様タンパク質を付加するタンパク質の翻訳後修飾の1つ), deimination, and proline isomerizationは抑制状態と関係している。
ユビキチン化やメチル化は活性化と抑制との両者に関連している。
ヒストンの変容が一般的な、たとえば金属ストレスや塩類ストレスなどの実験室的なストレス条件下でどのようにして細胞の発達に影響を与えているのかは、まだ未開のトピックである。
植物の根の頂点分裂組織は(RAM)は3つの主要な部位に分けられる:分裂域、伸長域、成熟域。
DNAメチル化、ヒストンメチル化、アセチル化などのエピジェテイックマーカーなどは細胞の成長や発達に決定的な役割を担っている。
分化した細胞は相対的に複雑なヒストン変容パターンを示すが、幹細胞はより希少で直截な変容を示す。
最近、植物の成長と発達に関して特異的なエピジェネテイックな変化が関係しているという証拠が示された。
ヒストンH4アセチル化(H4K5ac)、ヒストンH3メチル化(H3K4me2 and H3K9me2)、そしてDNAメチル化(5mC)は大麦の分裂組織でユニークかつ特異的パターンを示す。
ヘテロクロマチンマーカー(H3K9me2)は分化した細胞、分裂―伸長の境界領域、と表皮細胞に濃縮しているが、(5mC)は根冠と末端分裂組織に濃縮している。
ヘテロクロマチンマーカーはどれも中央部分裂域では豊富ではない。
一方、多くの真正染色質(euchromatin)マーカー(H3K5Ac and H3K4me2)は高い細胞分裂活性が進行しているperi-meristematic領域に濃縮している。
本研究では鉄と塩類という二つの環境ストレスをイネの発芽種子に与えてみた。
鉄ストレスはいくつかの感受性と耐性の品種を用いて、品種間でのエピジェネテイック応答を比較した。
塩類ストレスも異なるストレスのエピジェネテイック効果を調べるために用いた。
追加したストレスと外から投与した植物成長制御物質のエピジェネテイックレベルでのインパクトを調べるために塩類、IAA、ABAを組み合わせた処理もおこなった。
核における包括的なエピジェネテイックランドスケイプ(後生的風景)を明らかにするためにheterochromatin(H3K9me2) とeuchromatin (H3K4me2) のマーカーを持ちいた免疫染色を行った。 
これらの実験結果から、イネの根の成長と発達にとっての植物成長制御物質の役割と、それらがエピジェネテイックランドスケイプ(後生的風景)に及ぼす効果について考察した。
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(結論)
  
ヘテロクロマチンのマーカーである(H3K9me2)のレベルは鉄過剰ストレスや塩類ストレスばかりでなく、外から与えたABAでも一貫して増加する。
われわれが用いたすべての処理においてユークロマチン(真正クロマチン)のマーカーである(H3K4me2)の量が分裂細胞で低下した。
この豊富な証拠は(RAM)のエピジェネテイックランドスケイプ(後生的風景)の形質転換におけるABAの役割を証明するものであり、これらの変化と環境ストレス下における根の成長阻害の関係を説明するものである。
更に、塩類ストレス下でIAAを投与するとこの物質は(H3K4me2)マーカーに特異的な影響を与え、それが分裂域と伸長域で減少する。
この結果は非生物的ストレス下での(H3K9me2)の量は根における過酸化水素の濃度に関係しているが、(H3K4me2)のダイナミックスは直接ABAシグナルに連動していることを示唆している。
   

(下図1 の説明)
   
発芽4日目の異なる鉄イオン耐性イネ品種―Ciherang (感受性), Nipponbare (通常の感受性), and Mentong と Siam Arjuna (耐性)―150 ppmFeSO4で0,6,24時間浸漬暴露したもの。目盛り=5mm
  

(下図2 の説明) 
   
Ciherang (a), Nipponbare (b), Mentong (c), Siam Arjuna (d)の根の頂点分裂組織のH3K9me2 による3次元免疫染色像。(e)伸長域と分裂域の界面、(f)対照区の基部分裂域、(g)処理区の基部分裂域、(h)根冠。e - hのイメージ画像はbの像を蛍光顕微鏡で拡大したものである。すべての図の青と赤のシグナルはそれぞれ、DAPIとH3K9me2によるものである。a - dのパネルでは鉄処理区を右側に、無処理区を左側に示している。Bar=50 μm.
 
  
(下図3 の説明)
   
 鉄剤6時間処理後の、分裂域と伸長域の細胞核のDAPI (青) and H3K9me2 またはH3K4me2 (赤)の蛍光シグナル。Bar = 5 μm

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図1

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図2

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図3